東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2746号 判決 1967年3月01日
控訴人(被告・反訴原告) 東京都
被控訴人(原告・反訴被告) 清水義雄 外四九名
主文
原判決を取り消す。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
事実
控訴代理人等は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人等の控訴人に対する請求を棄却する。三、右申立が認容されないときは、被控訴人等は控訴人に対し、原判決別表請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和三三年四月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。四、訴訟費用は本訴及び反訴を通じ第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人等は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
第一、被控訴人等の本訴請求について
控訴人は被控訴人等に対し本件給与の支払義務を負わない旨主張するものであるが、その理由は次のとおりである。
一、被控訴人等の昭和三四年三月分の給与から同三三年四月二三日の欠勤分の給与を減額することは許容されるものであり、右減額をなした残額が昭和三四年三月分の給与の全額である。
何故なら旧憲法下における官吏俸給令においては、官吏の俸給には勤務に対する反対給付たる部分と官吏たる身分品位を保持するのに必要な支給金(生活資料)たる部分との両者が含まれていたのであるが、その後者の部分(単に品位保持部分という)は、官吏たる身分の継続する限り、勤務していると否とにかかわりなく支給されるものであり、官吏たる身分のある全期間を通じて一個のものであつて、毎月支給される俸給中の品位保持部分は、その一部分たるに過ぎなかつたのである。この考えからすれば、俸給のうちから品位保持部分を抽出してみる限りにおいては、昭和三三年四月分の俸給も翌三四年三月分の俸給もともに一個の一部であるから、昭和三三年四月の減額事由に基づき同三四年三月分の俸給から減額を行うことは、一個の俸給内の原因に基づき一個の俸給より減額を行うこととなり、何ら支障のないことである。そうしてこのようにして減額された残額こそ右三月に支給される俸給の全額であるといつて差支えなかつた。
現在の公務員の給与体系は、官吏俸給令の下における給与体系とは異るので、右に述べた考え方がそのまま当てはまるとはいえないが、それでもなお給与の中には労働の対価たる部分とそうでない部分とがあり、後者については右と同様のことがいいうるものである。試みに「学校職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二九日東京都条例第六八号)」を見ると、給与の中には給料(勤務に対する報酬)のほか、管理職手当、扶養手当、通勤手当、特殊勤務手当、産業教育手当、超過勤務手当、休日給、夜勤手当、宿直手当、日直手当、夏季手当、年末手当、勤勉手当等があるが(前記条例第三条参照)、これらの中には、労働と直接関係のないものや労働と比例していないものがある。勤務に対する報酬たる給料を見てさえ、毎月の日数、日曜、祭日の数、各人が、とる有給休暇の数の差があつても、同一額の給料が支給されるというように、労働とは比例していない。特に給与の中には全く勤務しない休職者に支給される休職給(前記条例第二二条)もあるのである。このように見るならば、毎月支給される給与の中には、労働に対する対価たる部分とそうでない部分とがあり、後者の中には一年間を通じまたは公務員たる身分の継続する全期間を通じて一個である部分が含まれているということができるのであつて、この一個である部分については、官吏俸給令の下におけると同様のことがいいうるものである。
二、本件減額が昭和三三年四月二三日の欠勤を原因とする過払給与の返還債権を自働債権とし、翌三四年三月分の給与債権を受働債権とする相殺となるとしても、このような相殺は労働基準法第二四条第一項本文の規定によつて禁止されるものではない。右規定はいわゆる賃金全額払の原則を定めているのであるが、同項但書所定の除外事由がない限りいかなる理由があろうとも、一旦発生した賃金債権の全額が支払われなければならないというものではない。そもそも労働基準法第二四条第一項本文の規定の立法趣旨は、「労働者の賃金は、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにする」ことにあると解せられるが、これから考えると同規定により禁止されない範囲の差引調整があるのであつて、本件減額は以下に述べるところから明らかなように、右の禁止されない範囲に属するものと解すべきであるから、前記規定に違反しないといわなければならない。
第一に、本件減額は給与と給与との間における調整的清算としてなされたものである。労働者が欠勤したときに当該欠勤日の賃金が支給されないことは、労務供給契約の性質上当然のことであるから(ノーワーク・ノーペイの原則)、もし賃金が本件におけるように予め一定額の月給として定められている場合において、欠勤後に到来する給料支払日に当該月の給与から欠勤分の給与を減額されたならば、何人も当然のこととして承認するであろうし、また支払日前に減額事由が発生したにも拘らず、支払日が接着していたため事実上減額できず、使用者が全額を支払つてしまつた場合においても、翌月分の給与から減額することは常識上当然のこととして承認されるであろう。何故ならばこのような減額は、給与の支払期日に関する制度によつては必然的に生ずる、現実に支払つた給与と正当に支払うべき給与との間の過不足を調整するための合理的手段と考えられるからである。
このような観点からするときは、本件におけるように当該月の給与が月の中途において全額支払われた後に欠勤があつたため、これと合理的に接着する時期の給与から減額されるに至つた場合も同様である。給与の支給日が当該月の中途にある場合には、支給日から当該日の末日までの間の分については前払の性質を有するのであり、もし支給日以降に給与の減額あるいは増額事由が生じた場合には、翌月分以降において過不足の調整がなされるべきことは、当事者間において当然のこととして予期し了解されているところというべきである。このように考えれば、本件減額のように給与と給与との間の過不足を差引調整するための清算手段は、形式論的には相殺と構成されるであろうが、実質的には労働者の賃金収入の確保を目的とする労働基準法第二四条第一項本文の目的趣旨を阻害するおそれが全くないものであるから、右条項の禁ずるところではないものと考える。国家公務員についての同様の問題に関し、「一般職の職員の給与に関する法律(昭和二五年四月三日法律第九五号)」第一五条の運用方針として、人事院が「………減額すべき給与額は………その次の給与期間以降の俸給及び暫定手当から差し引く」旨の人事院指令を発しているのも、当然のことを明文化したに過ぎず、右の見解を裏づけるものである。
第二に、本件においては被控訴人等が昭和三三年四月二三日欠勤したことに基づいて減額がなされたのであり、従つて被控訴人等としても遠からず減額を受くべきことは当然予想し得たところであるから、本件減額によつて思わぬときに僅かな賃金しか手に入らなくなつたり、そのために生活が経済的に脅かされる結果となつたとは考えられないことに留意すべきである。
第三に、本件減額は欠勤のあつた昭和三三年四月と合理的に接着した期間内である翌三四年三月になされている。欠勤後数年も経過して忘れた項に減額されたのであるならばいざ知らず、本件のように欠勤と接着した時期に減額がなされたからといつて、そのために被控訴人等が思わぬ時に僅かの賃金しか手に入らぬこととなつて、その生活が経済的に脅かされる結果となつたとは考えられないところである。
ところで本件減額が昭和三四年三月にいたつて始めてなされた事情は次のとおりである。昭和三三年四月二三日被控訴人等は都教育委員会から平常どおり勤務するよう指示されたのに拘らず欠勤したのであるが、被控訴人等は、当日出校して勤務に服しなかつたのは、砂川町教育委員会の臨時休業の決定、及びこれに基づく同教育委員会教育長の「当日出校に及ばず」との明示の指示によるものであるから、欠勤したことにはならない旨を主張していた。そこで都教育委員会としても砂川町教育委員会教育長がこのような指示をなすにいたつた理由、被控訴人等の当日の勤務の実態、出勤簿の取扱等について詳細に調査することとしたが、右調査に長時間を要し、能う限りすみやかに減額事務を処理したにも拘らず、昭和三四年三月に至るまでこれを処理することができなかつたのである。
第四に、事情として本件減額の金額が極めて少額であることに留意することを要する。減額された金額は、被控訴人等の通常の月における給与の二五分の一程度に過ぎないのであるが、このような金額を減額されたからといつて、被控訴人等の生活が経済的に脅かされる結果となつたとは考えられない。
以上に述べた理由から明らかなように、本件減額は労働者による賃金の確実な入手の確保を目的とする労働基準法第二四条第一項本文の立法趣旨に反しないものとして、是認せらるべきである。
三、仮りに本件減額が労働基準法第二四条第一項本文の規定の趣旨に反するとしても、右減額は法令である前記「学校職員の給与に関する条例」第一六条第一項の規定に基づきなされたものであるから、前記労働基準法第二四条第一項但書の規定により適法というべきである。前記条例第一六条第一項は、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき教育委員会の承認があつた場合を除くほか、その勤務しない一時間につき、第二十条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する」旨を規定している。しかしながらある月に減額事由が発生した場合に、その月分の給与から欠勤分の給与を減額できることは、特に条例の規定をまつまでもなく当然のことであり、減額できるというからには、減額事由が発生した月の翌月以降の給与から減額できると解さなければその意味が殆んどない。のみならず右規定の文理上からみても、本件におけるごとく欠勤前に既に同月分の給与が支払われている場合には、もはやその月の給与から減額することは不可能であるから、右規定は単に減額事由の発生した当月分の給与からの減額のみだけでなく、右のような場合には翌月以降に支払われるべき給与から勤務しなかつた時間相当額の減額をなし得るように設けられたものと解するのが相当である。このように解さなければ、右条例の規定は「欠勤のあつたときには、当該月の給与支給の際に減額する」というだけの意味となり、全く死文同様のものとなつて不合理である。
国家公務員についての「一般職の職員の給与に関する法律」第一五条が、前記条例の規定と全く文言を同じくしており、人事院がこれに関し次の給与期間以降の俸給及び暫定手当からの差引を指示していることは前述のとおりであり、このことも右の見解を裏づけるものというべきである。国家公務員についても労働基準法第二四条の規定の準用があると解すべきであり(国家公務員法改正法律(昭和二三年一二月三日法律第二二二号)附則第三条参照)、そうである以上は文旨が全く同一である「一般職の職員の給与に関する法律」第一五条と前記条例第一六条の両規定は全く同一に解釈運用すべきが当然である。
第二、控訴人の反訴請求について
本件反訴請求は、民事訴訟法第二三九条所定の反訴の要件を満たしているから適法である。すなわち本来反訴は、原告から訴が提起された機会に被告に対しても、被告の原告に対する請求のために同一の訴訟手続を利用させるのが公平であるという考えと、多少とも関連した請求を併合審理することにより、審判の重複も避けられて訴訟経済の要求にも合致するとの考慮から、反訴の目的たる請求が本訴の目的たる請求又は防禦方法と牽連することを要件として広く認められているのである。そうして反訴における牽連性の有無の判定基準は、もともと反訴が原告に認められた訴の変更権に対応して被告に認められる権限であることから、請求の基礎の同一性の判定基準と同じものと解されている。
ところで本件における本訴請求は、被控訴人らが控訴人に対して有するという昭和三四年三月分の給与のうちの未払分の支払請求であり、反訴請求は控訴人が被控訴人等に対して有する昭和三三年四月分の給与の過払による不当利得返還請求である。そうして本件紛争の実体は、控訴人が被控訴人等に対し昭和三四年三月分の給与支払に際して、右不当利得の状態を解消せしめるためになした給与の減額が有効か否かという点にあるのであるから、本件反訴請求と本訴請求とは、社会的事実として表裏の関係に立ち、従つて請求の基礎を同じくするものというべきであつて、各請求の目的物自体において牽連性があるものというべきである。
仮りにそうでないとしても、本件反訴請求は本訴の防禦方法と牽連するから適法である。すなわち民事訴訟法第二三九条は反訴の要件の一として、「反訴の目的たる請求が本訴の防禦方法と牽連するときに限る」旨規定しているだけであつて、右規定上からは、本訴の防禦方法がその主張自体において法律上本訴における防禦方法たり得ない場合には反訴が不適法となると解すべき根拠はない。のみならずこのように狭く解すると、本訴における防禦方法としての抗弁が容れられないことをおもんばかつて、その抗弁と目的を同じくする反訴を予備的に提起することは殆んどなし得ないこととなり、本件のようにその紛争の実体からみて、本訴の訴訟資料を反訴手続にそのまま利用し得るような場合においても、別訴によらざるを得ないこととなつて、訴訟経済の要求からみても著しく不合理である。
(証拠関係)<省略>
(誤記の訂正)
原判決事実摘示における記載中、第一(当事者双方の申立)二の七行目(原判決原本二枚目裏四行目)に「反訴原告ら」とあるのは、「反訴被告ら」の誤記と認め、第三(被告の主張)三(原告らの再抗弁に対する被告の答弁)2の二〇行目(同原本一一枚目裏九行目)の「東京都教育庁出張所設置」の次に「等」を挿入し、二一行目(同裏一〇行目)に「東京都教育庁北多摩出張所長に委任されている。」とあるのを、「東京都教育庁北多摩出張所長の専決するところと定められている。」と訂正する。
理由
第一、被控訴人等の本訴請求について
被控訴人等が昭和三四年三月当時いずれも原判決添付別表勤務校欄記載のとおり、東京都北多摩郡砂川町立の小、中学校に勤務する教員であつて、その給与が市町村立学校職員給与負担法第一条により、控訴人の負担とすることと定められており、前記日時当時毎月一四日にその月分の給与として、前記別表給与金額欄記載の各金額の支払がなされることと定められていたことは当事者間に争がなく、被控訴人等が昭和三四年三月中それぞれ自己の勤務する前記各学校において正常に勤務したにも拘らず、控訴人が被控訴人等に対し、同月一四日同月分の給与を支給するに際し、被控訴人らの各給与から前記別表請求金額欄記載の各金額を減額して支払つたこともまた、当事者間に争がない。
そこで次に控訴人主張の抗弁について考えるのに、控訴人は被控訴人等が昭和三三年四月二三日に勤務しなかつたにも拘らず、同日分の給与を含め四月分の給与全額が既に同月一一日支払済であつたので、昭和三四年三月分の給与支払の際、「学校職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二九日東京都条例第六八号)」第一六条第一項の規定により、前記勤務しなかつた日相当分の給与である前掲別表請求金額欄記載の金額を、昭和三四年三月分の給与から差し引いて、その残額を被控訴人等に支払つたものである旨主張する。そこで仮りに被控訴人等に対し昭和三三年四月二三日分の給与が過払となつており、控訴人が被控訴人等に対し右過払給与の返還請求権を有するとして、これを昭和三四年三月分の給与から減額することが許されるか否かについて判断する。
まず控訴人は、昭和三四年三月分の給与から同三三年四月二三日の欠勤分の給与を減額することは適法であり、右減額をなした残額が昭和三四年三月分の給与の全額である旨主張する。しかしながら地方公務員法第二四条第六項、第二五条第一項、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第四二条によれば、被控訴人等県費負担教職員の給与は都道府県の条例に基づいて支給されなければならないことと定められているところ、これに基づく前記「学校職員の給与に関する条例(昭和三五年東京都条例第八八号による改正前のもの)」第九条は、「1、給料は、月の一日から一五日まで、および月の一六日から末日までの各期間につき、給料月額の半額を支給する。ただし必要があるときは、教育委員会は期間をわけないで月一回にその全額を支給することができる。2、給料の支給日は、前項本文の場合には同項の各期間のうち教育委員会の定める日とし、同項但書の規定により月一回に支給する場合には、その月のうち教育委員会の定める日とする。」旨を、また第一〇条は「1、新たに職員となつた者に対しては、その日から給料を支給し、昇給、降給等により給料額に異動を生じた者に対しては、その日から新たに定められた給料を支給する。ただし離職した職員が、即日他の職に任命されたときは、その翌日から給料を支給する。2、職員が離職し、または死亡したときは、その日まで給料を支給する。3、前二項の規定により給料を支給する場合であつて、前条第一項に規定する期間(月一回支給するときは月)の初日から支給するとき以外のときまたはその期間の末日まで支給するとき以外のときは、その給料額はその期間の現日数から勤務を要しない日の日数を差し引いた日数を基礎として日割によつて計算する。」旨をそれぞれ規定しており、これによると毎月被控訴人等に対して支払われるその月分の給与は、その月の勤務に対するものとして支払われていることが明らかである。従つてある月に発生した減額事由に基づき、その月分の給与から減額がなされた場合においては、その月の給与債権は減額後の残額についてのみ発生しているにほかならず、従つて右残額の支払によつてその月分の給与は全額支払済といえようけれども、減額措置のなされた当該月に減額事由が存在しない場合には、仮りにその以前に減額事由が発生しており、これに基づく減額が未だなされていないとしても、当該月の勤務に対するものであるその月の給与債権額が当然に減少するいわれはない。このような場合に当該月の給与から減額をなせば右減額措置そのものが適法なものとして許されるか否かは別論として、当該月に発生した給与債権の全額を現実に支払つたことにならないのは明らかである。控訴人は、公務員の給与の中には労働の対価たる部分とそうでない部分とがあり、後者は一年間を通じまたは公務員たる身分の継続する全期間を通じて一個のものであつて、毎月支給されるのはその一部分に過ぎない旨主張する。しかし給与の中に労働時間ないし労働量に比例しないで支給される部分があるからといつて、直ちにそれが労働に対する対償としての性質を有しないとはいえないことはもちろんであるし、また給与のなかには労働の対償としての性質を有しないものがあるにしても、それが一年間を通じまたは公務員たる身分の継続する全期間を通じて一個のものであるとする控訴人の主張は、独自の見解であつて採用するに値しない。労働契約においては、労働者が約定された労務を提供することにより、これに応じた賃金債権が現実に発生するのであつて、本件におけるように給与が毎月一回支給されることと定められており、それがその月の勤務に対するものとして支払われていることは前述のとおりであるから、各月毎に支払われるべき給与債権は一応別個の存在を有するものと解するのが相当である。以上のとおりであるから、被控訴人の昭和三四年三月分の給与債権は、控訴人において同月中に減額事由が発生したことを主張立証しない限り、被控訴人等の同月中の勤務に対しその全額について発生したものとするほかなく、昭和三三年四月中の欠勤による減額をなした残額についてのみしか発生していないとする控訴人の主張は、その理由がない。
次に控訴人は、被控訴人等の昭和三四年三月分の給与債権が被控訴人等主張の全額について発生したものであり、本件減額が被控訴人等の昭和三三年四月二三日の欠勤を原因とする過払給与の返還請求権を自働債権とし、翌三四年三月分の給与債権を受働債権とする相殺となるとしても、右相殺は適法である旨主張し、被控訴人等は右相殺は労働基準法第二四条第一項本文の規定に違反する旨主張するので、この点について判断する。控訴人主張のように昭和三三年四月二三日分の給与が過払となつているとすれば、控訴人は被控訴人等に対し各過払金額相当の不当利得返還請求権を有することになり、従つて控訴人において被控訴人等の昭和三四年三月分の給与から前記各金額を減額したのは、とりも直さず前記不当利得返還請求権を自働債権とし、右三月分の給与債権を受働債権として、その対当額において相殺をなしたものというべきである。そこで右相殺の適否について考えるのに、地方公務員法第五八条(昭和四〇年五月一八日法律第七一号による改正前のもの)により地方公務員である被控訴人等に対してもその適用があると解される労働基準法第二四条第一項本文は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」旨を定めている。右規定のうちのいわゆる全額払の原則の趣旨とするところは、労働者の賃金が労働者の生活を支える主要な財源であることから、他の通貨払の原則、直接払の原則、及び毎月一定期日払の原則等とあいまつて、これが確実に労働者の手に渡るように保障し、労働者の生活を経済的不安から守ろうとする点にある。そうしてこれにより全額払の原則は、同法第一七条の前借金相殺の禁止及び同法第一八条の強制貯金の禁止等の諸規定とあいまつて、種々の理由による賃金の控除を防止することにより、労働者の人身拘束をもたらす前近代的労働関係を絶止し、使用者の一方的意思により賃金の控除が行われることによつて、労働者が期待していた賃金の全額を現実に入手することができないため、その生活に経済的不安が生ずることを防止する結果をもたらすこととなる。以上の趣旨から考えると、労働基準法第二四条第一項本文の規定は、使用者において労働者の賃金債権に対し、労働者に対して有する債権を以て相殺することも許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当であり(最高裁大法廷昭和三六年五月三一日判決・最高民集一五巻五号一四八二頁参照)、しかもこのことは、原則としてその反対債権の発生原因のいかんを問わないと解すべきである。しかしながら本件におけるように給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とする相殺も、例外なく一切許されないと解すべきか否かについては、なお検討を要するといわなければならない。何故ならこのような相殺は、各月毎に発生する給与債権の調整ないし清算としての意義を有する点で、給与と全く関係のない他の債権によつてなされる相殺の場合とはいささかその意義を異にするし、また本件におけるように毎月一定期日を定めてその月の勤務に対する給与が支払われる場合においては、右期日が月の末日でない限り常に給与の一部は前払としての性格を持つこととなるのであるが、支払期日後に減額事由が発生した場合には、当然その月の給与から減額することは不可能となる訳であるから、このような場合にも一切相殺を許さないとすることは、減額事由の発生時期の前後という偶然の事情によつて、労働者が過払給与の任意の返還に応じない場合に、使用者に対し著しい煩わしさを避け得ないものとすることになり、不合理でもあるからである。そうして当裁判所は以上の観点から、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の場合においては、過払給与を当該支払期日における給与から減額することが社会通念上不可能であり、かつ右給与過払後最初に到来した減額をなし得べき機会に減額がなされた場合に限つて、―本件におけるように毎月一回給与が支払われる場合においては、せいぜい給与過払のあつた月の翌月に限つて、―例外的にその月の給与からの減額すなわち相殺が許されるものと解する。この場合においても、民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条により、原則として総額の四分の一を超える部分については相殺を以て対抗することができないとの制限に服することはもちろんである。以上のように解しても労働者の人身拘束の防止ないし労働者の経済的保護という労働基準法第二四条第一項の趣旨にもとる虞はないものと考えられる。
以上に述べたところを具体的に本件について適用してみると、本件におけるように昭和三三年四月当時毎月一一日にその月分の給与が支給されていた事案においては、当該月の一一日まで減額事由が発生した場合には、観念的にはその月の給与から減額することが可能なのであるが、給与支払日に近接した日に減額事由が発生したため、当該月の給与から減額することが事務処理上不可能である場合等、社会通念上当該月の給与からの減額が不可能であることが客観的に明らかな場合には、翌月分の給与からの減額を認めるのが妥当であろう。次に当該月の一二日以降に減額事由が発生した場合には、その月分の給与は既に支払済であるからこれからの減額は不可能であり、従つて原則として、減額をなし得べき最初の機会である翌月一一日の翌月分の給与支給の際、減額することが認められてしかるべきである。以上のとおりこのような減額が認められるのは、せいぜい減額事由の発生した月の翌月までに限られるものとするのが妥当であると解する。
ところでこの点に関しては、減額の時期が給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期になされ、かつ減額の金額が労働者の経済生活を脅かす結果となる虞がない範囲内にあるとの条件のもとに、相殺をより広範囲に認めようとする見解がある。しかしながら元来労働基準法第二四条第一項の趣旨が前記のとおりである以上、例外的に相殺が許容される範囲を画するに際しては、右規定の趣旨を害しないよう慎重な配慮をなすべきものであり、能う限り厳格な態度を以て臨むべきものである。この観点に立つて考えると、給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期という概念自体が甚だ不明確であるのみならず、もともと給与の清算調整というからには、清算調整を必要とする原因の発生した後遅滞なく、最初に到来する機会に減額をなすのが本筋であろうし、そのように解するのがむしろ当事者の気持にもまた社会通念にも合致すると思われる。そうしてこのように合理的に接着した時期というような不明確な基準のもとに、使用者側の一方的意思により減額の時期を決し得るとすることは、前掲労働基準法第二四条第一項の規定の趣旨に副う所以ではない。このことは具体的事案において、労働者が減額の時期を予期し得たとしても、あるいは使用者において減額の時期を事前に労働者に予告したような事実があつたとしても、本質的には変りのないことである。また減額の金額が労働者の経営生活を脅かす虞がない場合というのも、その具体的適用に際しては、多分に疑義を生ずる虞がある。この点については、前記民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条による制限があることを以て、労働者の経済生活を脅かす虞がない根拠としたり、あるいは右各規定所定の制限を以て前記相殺金額の制限の基準に援用したりすることは、全く理由がないことである。何故なら右各規定はもともと相殺制限に関する一般規定として、労働者の給与債権を受働債権とする相殺にも適用があることもちろんであるが、右の一般的な制限だけでは労働者の経済生活保護に十分でないところから、労働基準法第二四条第一項が特別規定として、右の一般的制限の範囲内の相殺をも原則的に禁止したものであること前述のとおりである。従つて右労働基準法の規定の趣旨に反しないものとして、例外的に許容されるべき相殺の範囲を考えるに当り、相殺金額の面からの制限があることを以て、特に合理的に接着した期間内の相殺を許容する根拠としようとするならば、前記民法等所定の一般的制限とは別個の、これよりさらに厳重な基準を設定しなければならないこととなる。このような観点に立つときは、労働者の経済生活を脅かす結果となる虞がない範囲の金額という基準は、余りにも抽象的に過ぎ、明確さを欠くものというほかない。以上要するに期間及び金額の点で合理的な制限をすれば、減額をなし得べき最初の機会に限らず減額を認めてよいとする見解は、結局は前述の労働基準法第二四条第一項の趣旨を使用者の一方的意思によつて踏みにじる危険を招く虞があるから、妥当なものということはできない。また右のような減額を許容する旨の黙示の合意が、労働契約の内容をなしているとの見解も、少くとも労働者側の意思に合致するものとは思われず、採用することはできない。
なお国家公務員について、「一般職の職員の給与に関する法律(昭和二五年四月三日法律第九五号)」第一五条が、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき特に承認のあつた場合を除く外、その勤務しない一時間につき、第一九条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」旨を規定しているところ、人事院が右法律の実施及び技術的解釈に必要な人事院規則を制定し、及び人事院指令を発する権限を有することは、同法第二条第一号の規定によつて明らかである。そうして人事院が控訴人主張のように右権限に基づき、同法第一五条の運用方針として、「……減額すべき給与額は……その次の給与期間以降の俸給及び暫定手当から差し引く」旨の人事院指令を発しているとしても、もし右指令が無制限に次の給与期間以降の俸給等からの差引を許容する趣旨であるとするならば、後記のとおり国家公務員についても原則としてその準用があると考えられる労働基準法第二四条第一項の規定に照らし、その適法性については疑問の余地があるし、仮りに適法であるとしても、国家公務員のうち一般職に属する職員については、国家公務員法の第一次改正法律(昭和二三年一二月三日法律第二二二号)附則第三条の規定により、労働基準法の規定が一定の制限内で準用されるのにすぎないのに反し、地方公務員については、地方公務員法第五八条の規定(昭和四〇年五月一八日法律第七一号による改正前のものにより、労働基準法の規定がいくつかの除外規定を除き、同法第二四条をも含め原則として適用されることとなつているように、両者と労働基準法の定める諸原則との関係を一様に解することはできないから、前記人事院指令の存在を以て控訴人の主張を裏づける根拠とするのは相当でない。
そうして以上に述べたところを本件について見るのに、被控訴人等が教育委員会の承認を得ずに欠勤したとされるのが昭和三三年四月二三日であり、その当時の被控訴人等に対する給与支給日が毎月一一日であつたことは前記のとおりであるから、同年四月分の給与は既に支払済であり、従つて右過払とされた給与の減額をなし得べき最初の機会は、同年五月一一日の五月分の給与支払の際となる。しかし控訴人はその際右減額をなさず、その後一〇ケ月余を経過した翌三四年三月一四日の三月分の給与支払の際本件減額をなしたのであるから、右減額は前述したところから明らかなとおり、不適法なものといわざるを得ない。
仮りにこの点を一歩譲つて、減額事由発生後最初に到来した機会に減額をなすことが社会通念上不可能であると認められるような特別の事情があり、しかもそのことが客観的にも明白であるような場合には、その後に到来する減額が可能となつた最初の機会に減額をすることが許されるとしても、その要件の審査に当つては、特に厳格な態度を以て臨むべきことは、既に述べたところから明らかであろう。ところで控訴人は本件減額を昭和三四年三月一四日以前にはなし得なかつた旨主張し、その理由として、被控訴人等は昭和三三年四月二三日出校して勤務に服しなかつたのは、砂川町教育委員会の当日を臨時休業とする旨の決定、及びこれに基づく同教育委員会教育長の「当日出校に及ばず」との明示の指示によるものであるから、欠勤したことにはならない旨主張していたので、都教育委員会としても砂川町教育委員会教育長がこのような指示をなすに至つた理由、被控訴人等の当日の勤務の実態、出勤簿の取扱等について調査することとし、これに長時間を要したため、昭和三四年三月まで本件減額事務を処理することができなかつたものである旨主張する。しかし本来町村立小、中学校の教職員についての給与の減額認定権は、「東京都教育庁出張所設置等に関する規則(昭和三二年五月二八日東京都教育委員会規則第二三号)」第七条第一項第一〇号の規定により、都教育庁各出張所長の専決するところと定められているのであり、そうして本件におけるように教育委員会の承認を得ないで勤務しなかつたことに基づく給与の減額について明らかにすべき事項は、勤務を欠いた教職員の氏名と勤務を欠いた時間数及び右勤務を欠いた点についての教育委員会の承認の有無に尽きるのであつて、いずれも裁量の入る余地のない事項である。しかもこれらの点については、校務を掌り教職員を直接監督する立場にある校長(学校教育法第二八条第三項、第四〇条参照)が、通常容易にこれを把握し得る立場にあるものと考えられる。そうして昭和三三年四月二三日における被控訴人等の欠勤がいわゆる勤務評定反対闘争の一環として行われたものであつて、通常の欠勤の場合と人数、規模、態様等を異にしているし、また砂川町教育委員会教育長が控訴人主張のような指示をしたこと等のため、通常の場合よりは調査により多くの労力、日数を要する面があつたにしても、そのため最初の減額をなし得べき機会である昭和三三年五月一一日の五月分の給与支払の際に減額をすることが社会通念上不可能であり、しかもそのことが客観的にも明白であつたというような事実を認めるに足りる証拠は存在しない。まして最初の減額をなし得べき機会から一〇ケ月余も経過した翌三四年三月一四日まで、減額が不可能であつたというようなことを認めることは到底できないし、仮りにそのような事実があつたとしても、このような場合にまで直接給与からの減額を認めることは、もはや給与の清算調整という概念には当てはまらないから、かかる場合には給与からの減額は許されないというべきである。以上の次第で昭和三四年三月一四日以前には本件減額をなし得なかつたことを以て本件減額が適法であるとする控訴人の右主張はそれ自体正当であり、採用に値しない。
最後に控訴人は、本件減額が労働基準法第二四条第一項本文に違背するとしても、右減額は法令である前記「学校職員の給与に関する条例」第一六条第一項に基づいてなされたものであるから、労働基準法第二四条第一項但書所定の法令に別段の定がある場合に該当し、適法である旨主張するので、この点について判断する。前記条例第一六条第一項は、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき教育委員会の承認があつた場合を除くほか、その勤務しない一時間につき、第二十条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」旨規定しているが、右規定は給与の減額をなし得る場合と、減額の計算方法とを定めたものであつて、減額事由が発生した月の翌月以降の給与から減額することを無制限に許容する趣旨を明示していないことは、その文言により明らかである。従つて右規定は、減額事由が発生した当該月の給与から減額をなす場合、及び前記判示のとおりその後の月の給与から減額することが例外的に許容される場合に適用されるべきものであつて、控訴人主張のように減額事由の発生した月の翌月以降に支払わるべき給与からの減額を一般的に許容した趣旨の規定と解することはできない。控訴人は、本件におけるように欠勤前に既に同月分の給与が支払われている場合には、その月分の給与から減額することは不可能なのであり、その主張のような趣旨に解釈しなければ、前記条例の規定が死文同様のものとなつて不合理である旨主張する。しかし本件におけるような場合にも、原則としてその後到来する減額をなし得べき最初の機会に減額をなし得ると解すべきことは、既に判示したとおりであり、従つて右規定が死文同様のものといえないことも自明である。もちろん控訴人主張のような趣旨に解釈した方が、使用者にとつて便宜であろうことは間違ないが、前掲労働基準法第二四条第一項本文所定の全額払の原則の趣旨を考えれば、同項但書所定の例外の場合は厳格に解釈するのが妥当であるから、控訴人主張のような趣旨であることが規定の文言上明示されていない本件のような場合に、安易に拡張解釈することは慎しむべきである。使用者としてはもしどうしても必要があるならば、その当時としては労働基準法第二四条第一項但書所定の労働者側との協定による適用除外の方法によればよかつたのであつて、かかる方法をとらない使用者に対してまで、前記のような拡張解釈によつてその便宜をはかる必要は存しない。なお国家公務員についての「一般職の職員の給与に関する法律」第一五条の運用方針に関する前記人事院指令の存在が、控訴人の主張を裏づける根拠となり得ないことは前述したところから明らかであろう。
以上に述べたとおり仮りに控訴人主張のように昭和三三年四月二三日分の給与が過払となつているとしても、控訴人において被控訴人等の昭和三四年三月分の給与から本件減額をなしたのは、労働基準法第二四条第一項に違反する違法な行為というほかないから、爾余の点について判断するまでもなく、被控訴人等は控訴人に対し、右三月分給与債権の未払分として、減額された原判決添付別表請求金額欄記載の各金額の債権を有するものというべきである。よつて被控訴人等より控訴人に対し、右各金員及びこれに対する支払期限後である昭和三四年三月一五日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当としてこれを認容すべきである。
第二、控訴人の反訴請求について
まず本件反訴が適法であるか否かの点について判断するのに、控訴人の反訴請求は、控訴人が被控訴人等に対して有するとする昭和三三年四月分の給与支払の際の過払を原因とする不当利得返還請求であるところ、控訴人は本訴において被控訴人等の本訴請求に対する抗弁として、右不当利得返還請求権を自働債権とする相殺を主張していたこと前述のとおりである。そうして相殺の抗弁については、民事訴訟法第一九九条第二項により自働債権の存否についての判断が相殺を以て対抗した額につき既判力を生ずる旨定められている。従つて本訴において相殺の自働債権に供した旨主張した債権につき、同時に反訴その他の別訴においてその同一部分を訴求することが許されるか否かについては疑問があり、裁判所に二重の判断を求めることとなるし、既判力の牴触を生ずる可能性があるとの理由でこれを許されないとする見解もある。しかし少くとも本件におけるように同一訴訟手続において審理裁判される反訴において、しかも予備的反訴という形式で本訴において相殺に供した旨主張した自働債権を訴求する場合には、右のような恐れはないのであるから、このような反訴は許容されてしかるべきである。すなわち被告が本訴で勝訴すればもちろん反訴請求に対する判断はその必要がなくなるのであるし、また本訴で敗訴しても相殺の抗弁が相殺不適状ないし本件におけるように相殺禁止の理由で排斥された場合には、既判力は生じないのであつて、このような場合には被告としてはまさに反訴において自働債権の存否につき訴求する利益を有するものというべきである。仮りに本訴において自働債権不存在の理由で相殺の抗弁が排斥されて被告が敗訴した場合は問題であるが、このような場合には重ねて反訴において同一事項についての判断を求めることは許されず、反訴は不適法として却下を免れないと解するのが相当である。
以上に述べたところから明らかなとおり、控訴人の本件反訴請求の目的が本訴における相殺の抗弁の自働債権そのものであるという理由だけでは、本件反訴が不適法であるということはできないし、また本訴における相殺の抗弁の方が不適法となることもないと解せられる。
次に本件反訴が反訴としての要件を充たしているか否かについて判断する。民事訴訟法第二三九条によれば、反訴の要件として反訴請求が本訴請求又はこれに対する防禦方法と牽連することが必要とされている。そうして右規定にいわゆる本訴請求と牽連するとは、本訴請求とその権利関係の内容又は発生原因の点で事実上又は法律上共通性が存在することであり、本訴の防禦方法と牽連するとは、抗弁事由とその内容又は発生原因において事実上又は法律上共通性が存在することをいうものと解すべきである。
ところで本件における被控訴人等の本訴請求は、前述のとおり被控訴人等の控訴人に対する昭和三四年三月分の給与債権のうちの未払残額の支払請求であり、控訴人の反訴請求は、控訴人が被控訴人等に対して有するとする昭和三三年四月分の給与支払の際の過払を原因とする不当利得返還請求である。そうして各月に支払われる給与がその月の勤務に対するものであり、各月毎に支払われるべき給与債権が一応別個の存在を有するものと解すべきことは前述のとおりであるけれども、右両請求はいずれも被控訴人等との間の同一の労働契約の存在を前提とするものであり、各給与債権の発生した月の間隔も一年程度なのであるから、右両請求は権利関係の発生原因の相当部分において事実上共通性があり、これを同一手続内において併合審理することが訴訟経済の要請にも合致するものと認められる。従つてこの観点からするときは、控訴人の反訴請求は被控訴人等の本訴請求と牽連するものと解するのが相当である。仮りにそうでないとしても、控訴人は本訴において反訴請求にかかる不当利得返還請求権を自働債権とする相殺を抗弁として主張していることは前判示のとおりであり、本件反訴請求が本訴の防禦方法である右抗弁と牽連することはいうまでもない。そうしてこのように本訴の防禦方法と牽連する反訴が適法であるためには、反訴請求の牽連する防禦方法が適法に提出されていることが必要であるが、実体法上その理由があることは必要でないと解すべきであるから、本件におけるように、本訴において相殺の抗弁が相殺禁止の理由により排斥されたとしても、これと牽連する反訴請求が不適法となるいわれはなく、この意味からいつても本件反訴は適法であるといわなければならない。
第三、結論
以上の次第で原判決が被控訴人等の本訴請求をその理由があるものとして認容したのは相当であるが、控訴人の反訴を不適法として却下したのは不当であり、原判決中反訴に関する部分は取消を免れず、民事訴訟法第三八八条によりこれを原審に差し戻すべきものである。ところで控訴人の反訴がいわゆる予備的反訴であることは前述のとおりであるから、これを本訴から分離すべきでなく、従つて、結局原判決は本訴に関する部分をも含めその全部を取り消したうえこれを原審に差し戻すのを相当とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 満田文彦 中川哲男 藤田耕三)
(別紙目録省略)